カリスマ

人と同じことを行っていても、それはただの努力にしかなりません。新しい行いや新しく開発したものこそ継続して誰かに認められれば流行や技術として認められます。

 

大谷翔平君が二刀流を宣言した時にも評論家は、こぞって批判を言いました。

自分たちが経験もしたことも無い事なのに!

どの経験・どの裏付けがあって何目線で話しているのかが聴いている自分からは解りませんでした。やってみなければ解らないのに!

確かに日本の宝です。皆で守るのは当然ですが、新しい新境地を求めている若者に固定概念に包まれているオジサンが何を言おうと聴く訳がありません。人と同じ事ではない事を求めているからではないですか?単純に野球が楽しいかもしれません。

 

勿論、大谷君が努力を怠ったとも思いませんし、新しい事ばかりに囚われていたのかもわかりません。

が一つ言えるのは人よりも優れているものが沢山あったと!一番大きいのは体の大きさではないのでしょうか?

強靭な体があって人よりもパワーもバネも持ち合わせているから二刀流もこなせているかもしれません。 現在の故障は残念でしかありません

 

48年生まれの自分たちが子供のころは協調性を重視して教育されてきた感覚が残っています。

人と同じ事が出来なければならない・周りに合わせる・時には軍隊のように

毎年のように協調性が無いと先生に罵られてきました。なんで人と同じ事が出来ないのかと、もちろん成績には反映されません。

クラスでも浮いた存在であったとは思います。

 

日本の教育を批判する事ではなく、もっと伸びる所を伸ばす教育に何故シフトできないかが疑問です。

当たり前という集団教育も必要でしょうし協調性も必要でしょう。 が偏りすぎる意識が個人を型にはめて点数社会になってきた現状こそ世界基準に追いついていけない事になってきているのではないのでしょうか、決して自分が頭がよく教育についてプロでも何でもありませんが、関わる子供たちの目線は周りを気にしてばかりの現実がそこにあります。

 

人と違う事こそ周りにヒントを与えて新たなる発見に導く可能性を秘めている事でしょう、指導の合理化は個の感性を統一してしまう事もあると思います。

 

世界に羽ばたく日本人を見てください。 彼・彼女が世界で認められているものは自信をもって突き進めてきたことで認められている事で証明されています。 しかしその過程では必ず罵声や偏見といった日本ならではの問題があったと思います。

 

人と同じ事は、受け入れられても所詮真似事にしか映りません。 人と同じ事は、他人も真似してきます。

真似されるように・真似されても技術ではアドバンテージを持てるように!

先を歩けるように道標として遮熱を伝えて行きたいと思います。固定概念にとらわれることはありません。